産業の変革・進化に本気でコミットするのがJICキャピタル。
事業会社で得た成功体験と失敗体験のすべてをここで活かしていく
リクルートホールディングスの役員職退任に際し、池内氏のもとには、複数の企業や組織のオファーが届いていたという。そしてその中に産業革新投資機構(以下、JIC)からのオファーもあった。
【池内】「しばらくはのんびりしようと思っていましたし、PEの経験が全くなかったことから、最初はお断りしていたと思います。そんな中で、JICからは『とりあえず会って話だけでもしませんか』と言われていました」
JICが官民ファンドであり、なおかつオープンイノベーションやデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)等に着目し、いわゆる「Society5.0」の達成を目指そうとしていることは理解していた池内氏。そんなJICが自分に興味を持ってくれたことも合点していた。
【池内】「リクルートではCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の取り組みを2006年から手がけていたことや、ここ数年はグローバル化やDXについて講演をする機会も増えていましたので、投資する側としての目線に加え、事業会社として変革に挑む目線や経験をJICが評価してくださったのだろうとは思っていました」
ちなみに池内氏が近年の講演で特に大きな反響を感じたのは、リクルートによる米国インディード社のM&Aに関わるトピックだという。
【池内】「クロスボーダーM&Aに取り組む日本企業は急増しているものの、なかなか思うような成果に結びついていない。だから、私の体験談には興味を持って聞いてくれるのだと思います。また、DXについても同様の課題がある。頑張ってチャレンジしているつもりでも、そう簡単には大きな成果に結びつかない。リクルートの場合、インディード買収がDX推進につながる契機にもなりましたから、なおのこと多くの企業はその成功の鍵を知りたかったのではないかと思います」
時間が経つにつれて、自らの経験を講演などだけでなく、これからのビジネスや投資に活かせる道があるのではないか、という思いが膨らみ始めたという池内氏。「リクルートをいったん離れるのならば、自社のことばかりでなく日本のためにその知見を行使してみれば良い」というような助言も諸先輩がたからもらったとふり返る。
【池内】「そうは言っても、PEファンドは独特の世界です。いくらCVCやM&Aを多少経験してきたからといっても、それで務まるようなものではない。ですから『お役に立てないと思いますよ』と初めは伝えていたのですが、最後は横尾さん(横尾敬介氏。産業革新投資機構社長)の非常に率直な言動に心を動かされました。」
横尾氏は池内氏にこう話したのだという。「投資業務やクロスボーダーM&Aに事業会社の立場から携わった経験。さらに言えばPMIにもコミットし、成功もしたし失敗も経験してきたこと。そのすべてが今度立ち上げるJICキャピタルで生きてくる。まあ、色々と課題はあるけれども、是非、一緒にやりましょう」と。
【池内】「投資事業として収益を上げることを主目的にしている民間ファンドとは違い、JICおよびJICキャピタルは官民ファンドとして産業構造の変革をリードするという責任があります。そのためにも、外資系PEファンドで投資のノウハウの専門性を磨いてきた人間だけではなく、"事業の成功"という視点で投資を見ていける人間が必要だと言われました。たしかに一般的な民間ファンドが多く採る手法は、相対的には、コスト面、ガバナンス面からのアプローチが多いと言われています。もちろん、トップラインの改善にも着手はするけれども、相対的には、利益効率を高めることが優先であって、リスクを背負いながらトップラインを引き上げていくようなチャレンジはなかなか難しいことも多いですよね。でも本来は、そのようなチャレンジの向こう側に、サステナブルな企業価値の成長が見えてくると思います。リスクを取ってPMIで長期的な企業価値を劇的に改善する事を実際に実行してゆくことは大変難易度が高いです。私は、成功も体験しましたが、圧倒的に失敗体験の方が多かった。しかし、その失敗体験で学んできた知見が、お役に立てるのではないかと思い直し、それでJICキャピタルに参画することを決めたわけです」
オリジネーションとバリュー・クリエーション
ここでJIC PEの設立に際し、正式に発表されたものを再確認しておこう。まず大前提となるパーパスについては、
・Society5.0の実現に向けた新規事業・新産業の創造
・国内産業の国際競争力強化、業界の再編
以上2点に重心を置きながら、JICとして社会にインパクトを与えるのがJIC PEの目的ということだ。そして、そのためのバリュー・プロポジションとして以下の3点を明文化してもいる。
[注力領域]
・優れた技術基盤/BMを持つ日本発グローバルのリーダー創出
・選択と集中による産業構造再編の加速
・新しい社会基盤の創出
[価値創造パターン]
・上記を実現するためのソーシング、ディール、バリュー・クリエーション
・専門性、ケイパビリティの獲得
[ステークホルダーへのリターンの提供方法]
・我々に本質的に求められる成果の指標とインパクト、マグニチュード
以上の前提を踏まえ、池内氏は今後の抱負をこう語る。
【池内】「Society5.0、DX、ESGなどなど、具体的テーマはいろいろありますが、私自身が端的に目指しているものを言葉にするとしたら『あのディールがあったことで、今この企業や産業のグローバルでのポジションがある』と言われるようなものを、なんとしてでも創り出していきたい。ここ20年間、規模の経済性という側面で、特にコモディティ化が進んだプロダクトやビジネスにおいて、中国や米国に対して、遅れをとってきた事は否めません。そのような状況下で、一つは、多少ニッチな市場であっても、プロダクトやビジネスの付加価値で、圧倒的な国際競争力を持つ企業を実現できるよう、支援していきたい。グローバル・ニッチで、No1の企業を産み出す支援です。また、もう一つは、相対的に、コモディティ化が進んだプロダクトやビジネスの産業でも、産業構造の再編によって、規模の経済性という視点においても、真に、グルーバルで、No1、No2のポジションを獲得できる企業を創造してゆくトライをして行けたらと思っています。いずれにしても、今後の業界再編において、海外企業の取り込みやDXも含めて、新しい形をオリジネイトしていくことが重要だと考えています。そのためには、具体的な再編、座組みを形作って行くオリジネーションに加え、本質的な競争力と成長性を実現するPMIにおけるバリュー・クリエーションが極めて重要になると考えています。
理想論を追い求めるのがJICの使命。
そのためにもダイバーシティ豊かなチームにしていきたい
ここまで語ってくれた自身の抱負について、池内氏は微笑みながら言う。「理想論かも知れませんが、国の未来、産業の未来を創造してゆく支援が本来的な我々の使命」と。この使命を果たしてゆくためにも、10数名の現陣容を早いうちに2倍規模にまで拡大したいし、多様性のある組織にもしたいとも言う。
【池内】「官民ファンドだからこそ本質や理想を追求できる醍醐味に溢れていると考えています。ハードルの高いリターン追求に一喜一憂するのではなく、貴いマネーをこの国の未来につなげていく責務を背負っていると自覚しています。ですから人員を拡大すると同時に、ダイバーシティ豊かな幅広いチームビルディングも目指していきます。現状はINCJ出身者でコンサルティングファーム、FAおよび民間ファンド出身者が主ですけれども、年齢にしてもバックボーンにしても、枠に捕われず、価値ある人材を幅広く採用していきたいと思います。求めている資質は、高い志やアスピレーションの持ち主。目先のリターンを追うのではなく、例えば「自分は2030年代のモビリティ産業をこうしていきたい」というような大きな視野で志を語れるような人物に参画して欲しいのです。『国家財政から拠出された資金を動かす責任』も感じて欲しいけれど、『産業の国際競争力のデザインに関われることへの関心・喜び』に突き動かされる人材が、多様なところから集まってくれたなら、これまでにない成果を生み出す集団になっていけると、私は信じています。