日本の産業界のために、日本型のPEファンドが必要だった
2000年代初頭の日本は、プライベート・エクイティ投資の黎明期。PEファンドを活用する企業はごく限られた範囲にとどまっており、広がりは見られなかった。そこに問題意識を持ち、「まだ日本にない新しい投資会社を作ろう」という思いで創業したのがインテグラルだ。
【山本】「日本の産業界の皆さんにもっと活用いただける投資会社を作るため、当時から大事にしているのが「投資先企業に寄り添い、何よりも大事にする」という価値観です。
投資先企業と、彼らを取り巻くすべてのステークホルダーを大切にして信頼関係を築くからこそ、その会社がどんどん発展していく。その結果としてリターンが生まれる。この順番を絶対に守らなければなりません。リターンを得るため、儲けるための投資が先に来てはいけないと、共同設立者で思いを共にしたところから、インテグラルは始まっています」
山本氏や佐山氏がこうした思いを抱くようになった背景には、アメリカ型に代表される投資家ファーストなプライベート・エクイティ投資の仕組みと日本企業との間にギャップを感じていたことがあるという。
【山本】「プライベート・エクイティ投資はもともとアメリカで開発された仕組みで、そのままでは必ずしも日本企業にフィットしていたわけではありませんでした。一部で"ハゲタカ"とも揶揄されたような強引な経営参画のイメージもあってか、日本の産業界においては、怖がられて距離を取られることが多かった。面談をすると『どうせあなたたちは数年でイグジットするんでしょう。私たちをどこの誰にどう売るつもりなんだ』と言われたものです。プライベート・エクイティの名前は聞いたことはあっても、実際に活用する企業はほとんどありませんでした。
そのようにPEファンドの活用が広がらないままでは、日本の産業界の力は、欧米諸国と差を付けられてしまうという問題意識を持っていました。
投資先企業にとって株主となるファンドは、場合によってはマジョリティで議決権を保有することもあるわけですから、自社の運命を握る存在と言っても過言でありません。運命共同体になりうるパートナーですから、心から信頼できる関係が大事です。
ですから、PEファンドの仕組みを欧米からそのまま持ってくるのではなく、日本企業に合わせて手直ししてから導入する必要がある、そうしなければ広く活用されるような仕組みにはならないのではないかと考え、インテグラルを作りました。経営理念にもある『ハートのある信頼関係を事業すべての基礎とする』は、創業当時から大事にしている考えです」
「ハートのある信頼関係」を築くための、独自の仕組み
「投資先企業と、ハートとハートでつながる」。インテグラルはそうした理想を掲げるだけではなく、それを実現するための仕組みや機能を実装している。
まずは「ハイブリッド投資」だ。ファンドは通常、機関投資家などから集めてきた資金を投資するが、インテグラルでは、自己資金を投入するプリンシパル投資も行っている。
その利点としては、まず資金面においてより強く投資先企業の経営にコミットできる点が挙げられる。さらに、ファンドの投資が原則最長10年という決められた期限があるのに対し、自己資金投資については期間の制限がないため、より長い付き合いができるようになる。「インテグラルは無期限であなたの会社を支援するつもりだ」と、ある種の"覚悟"を示すようなものだ。
【山本】「我々が投資を手掛ける案件には、長年事業に携わってこられた方が次世代にバトンタッチする、事業承継の案件も多くあります。30年、40年と長きにわたって事業を発展させてきた方からすると、一般的なファンドの投資実行からイグジットまでの期間である3〜5年では、とても短く感じるのも無理はありません。プリンシパル投資によって、期間の制限のない資金も投入して、共に頑張る意思をお伝えすると、一緒に頑張っていこうという気持ちになってもらいやすい。
多くのグループ会社を抱える大企業が、一つのグループ会社を独立させるカーブアウト案件の場合も同じです。ずっと一緒にやってきた思い入れのある仲間の独立を大事に進めたいと思っている時に、無期限の資金を投入して本気でコミットしてくるということに力強さを感じ、信頼が生まれます。
実際に、日本の産業界の方からの『待ってました』と言わんばかりの反応に多く出会いました。やはり日本ではこういった信頼関係作りが何より重要だと実感しています」
創業から17年で、インテグラルが投資を実行してきた会社は31社に及ぶ。プリンシパル投資によりイグジット後も関係性が続き、10年以上の付き合いになる企業も少なくないという。
そして、インテグラルの理念を支えるもう1つの要素は、「i-Engine(アイエンジン)」という機能だ。
【山本】「i-Engineは、インテグラルのメンバーが投資先企業に常駐し、びっしょり汗をかきながら、共に働くという仕組みです。
たまに会社に顔を出して「最近の数字はどうですか?」と上から目線で言ってくるようなスポンサーシップははっきり言って嫌われます。それではいい会社は作れません。
本当の同僚だと思っていただけるように、i-Engineとして投資先企業を担当するメンバーには「下から目線」でお付き合いすることを徹底しています。「同じ目線で」というくらいの意識では、まだ対等にはなれません。下から行くから、やっと同じ目線になれるんだということを共通認識にしています」
i-Engineに求められる役割は多岐にわたる。経営企画、海外事業への進出、管理会計の見直し・・・・・・。CxOや社長を担ってほしい、という声も多い。投資先の経営課題は千差万別であり、それぞれの課題に合わせて人材を送り出しているという。
【山本】「投資先企業と話をすると、経営課題、すなわちバリュードライバーが見つかります。見つかった後は、それを「誰がどう実行していくか」という話になりますが、すぐに人材の異動を行ったり、新たな人材が採用できたりするわけではありません。
そこで、『インテグラルの人材を活用して、取組を始めてみませんか』と提案するのです。インテグラルにはさまざまな経験を積んだ、多様なタレントのメンバーがいます。投資先企業からすると彼らのような人材を、半年間、1年間といった短期で活用できる可能性は通常ありません。そして大抵、1年後には『ずっと居てくれないかな』と、なかなか返してくれない(笑)。それだけ喜ばれているということでしょう」
プロフェッショナルなスキルを持った人材が、多様な知見を蓄積した層の厚いチームのバックアップを受けながら、「本気で」会社のためにやってくる。投資先企業からすると「そんなことまでやってくれるのか」と、喜ばれるはずだ。
【山本】「それに、i-Engineとして常駐する本人にももれなくいい変化があります。常駐を開始してから半年、1年、または数年と経つうちに、ノウハウが身に着くのは当然ながら、顔つきから振る舞いまで一変します。実に自信に満ちた様子で、本当に驚くほど成長するんです」
17年間で醸成してきた「One Team」のカルチャー
インテグラルのカルチャーを象徴する言葉が、「One Team」だ。インテグラルでは担当案件や職位にかかわらず、お互いに助け合い、全員が投資委員会に参加でき、発言権を持つ。投資銀行・コンサル・事業会社など、さまざまなバックグランドを持ったメンバーが相互に協力し合うために、創業以来山本氏や佐山氏が繰り返しその重要性を説き、醸成してきたカルチャーだ。
【山本】「投資先企業にもよくお伝えすることですが、どんなに優秀な人間でも、1人でできることはたかが知れています。会社全体で団結し、同じ方向に向くからこそ、ものすごく大きな力が生まれる。それを投資先に伝えるなら、当然自分たちの会社もそうでなければなりません。
投資先担当者同士が情報交換する場である「i-Engine会議」はそれを実現するための一例ですね。自分の担当する会社で何が起きているか、どう対処したかといった情報を積極的に共有することで多くの学びが得られ、チームとしての総合力を高めることにつながっています。
小さなところでは、メンバーにプライベートで喜ばしいことがあったら心から喜び合えるような、そんな関係性でいたいと思っています」
個々人のスキルだけで戦うのではなく、One Teamの総合力を持って課題に取り組むインテグラル。そんなチームにフィットする人材とは、どんなスキルやマインドが必要なのだろうか。
【山本】「投資や経営に関わる以上、さまざまな局面で相手にとって耳痛いことを伝えなければなりません。もしかしたらお怒りになるかもしれないことも、言わなきゃならないんです。
先ほど『下から目線』で入って、対等な関係となって仕事をすると申し上げたのは、単純に仲良くなるということではなくて、『本気でいい会社を作るために、本音の話ができるようになる』ということを意味しています。
表面上だけ良好に取り繕っても意味はありません。耳痛いことも率直に伝えられて、それを相手に理解してもらえる。心から腹落ちをして行動に移していただく。
こうした本当の意味でのコミュニケーションが必要なのですが、その際に重要なのは『誰に言われたか』です。なのでインテグラルのメンバーには、『あなたがそう言うんだったらやってみるよ』と言われる人間になれ、と伝えています」
同じコンテンツを伝えられたときでも、Aさんに言われると頭にきて行動に移す気になれなくても、Bさんから言われれば、共感して行動につなげられる、というケースは多々ある。それが結果を作り出し、その積み重ねが大きな違いを生む。結局は、人と人同士のコミュニケーションがすべての土台になる、ということなのだろう。
【山本】「それができるのは、i-Engineその人の人間力そのものです。人間力を、『これでできた、達成した』と思わずに、磨き続けることが求められます。
難しいことですが、それができた時は、やはりしびれますね。目の前で大変革が起きますから。小さな変化の積み重ねによって、本当に会社って空気が変わっていくんですよ。それはもう、湯気が立ち上るかのように。トイレも食堂も廊下も、明らかに生き生きとした雰囲気になる、その変化を最前線で目の当たりにできることが、この仕事の醍醐味でしょうね。
だからインテグラルに参画してくれるメンバーには、誰々の真似をするということではなく、その人自身が持っているパーソナリティや人間力をどんどん高め、それぞれの個性を大いに発揮してほしいと思います」
企業規模も業界も問わず、日本企業のすべてのニーズに応えていく
2023年に東証グロース市場に上場、2024年5月には5号ファンドシリーズを2500億円でクロージングしたインテグラル。今後はより拡大した活動ができそうだが、どんな未来を見据えているのだろうか。
【山本】「インテグラルにとって、上場はあくまでも通過点です。目指しているのは、創業当時から変わらず、日本型のPEファンドを普及させて、日本の産業界を元気にすること。そのために資金力をつけたり、今まで実績がなかった新しい領域を増やしたりできるのではないかというプランのもと、今回の上場に至りました。
産業界の方々にも、インテグラルの日本型PEファンドはある程度浸透してきたという実感があります。日本型の投資に対するニーズは増えつつありますから、その需要にお応えできるようになっていくと思います。
とはいえ、まだ道半ばです。例えばアメリカのPE投資市場は、金額で見ても、件数で見ても桁違いに多い。勝ち負けで捉えられるものではありませんが、人類に何か発明をもたらしたり、社会に富をもたらす産業界の力は、日本はまだ低いと言えるのではないでしょうか。
PE投資の活用に焦点を当ててみれば、日本の産業界にはまだまだ余地があり、インテグラルはもっと大きな役割を果たせるはずだと思っています。
ファンドの規模が大きくなったと言っても、支援する投資先企業が変わることはありません。我々の戦略は、日本産業界のすべてのニーズに応えていくようにすることですから。もちろん、それを実行するのは大変です。精一杯努力するだけですね」