ベンチャーの「圧倒的成長」を呼び起こすため
東京都のアクセラレーションプログラムが進行中
浅間さんは以前、地方自治体で働いていらしたと聞きましたが、本当なんですか?
【浅間】はい。新卒で東京都の職員になり、都市整備事業などを担当していました。その後、公認会計士二次試験合格後に有限責任監査法人トーマツに入社したのですが、途中から同じグループにあるデロイト トーマツ ベンチャーサポート(以下、DTVS)の事業にも兼務で参加するようになり、2015年からDTVS専任となって今に至っています。
現在のインキュベーションチームでのお仕事は、まさに東京都との取り組みですよね?
【浅間】縁あって、こうして再会することになり、自分としても感慨深いです。東京都の職員だった頃とは違う立場、違うアプローチで役に立てるというのも嬉しいですし、非常に手触り感のある仕事が出来ていて、充実しています。
もともとDTVSの政策事業責任者である佐藤さんが、今回のインキュベーション事業で浅間さんに参画を促し、現場を任せたと聞いていますが、どうなんでしょうか?
【佐藤】その通りです。東京都はこれまで3期に渡り、保有する青山スタートアップアクセラレーションセンター(以下、ASAC)をベース施設としながら、ベンチャー企業育成目的のアクセラレーションプログラムを実施してきたのですが、有限責任監査法人が当業務を東京都より受託したことにより、DTVSはこれに当初より関与してきました。
浅間がDTVSの専任となったのは2015年ですが、かつて東京都で地方公務員として働いていた経験ばかりでなく、会計士として企業経営にリアルに接してきた経験とノウハウも備えていましたので、このプロジェクトの事業責任者になってもらいました。
佐藤さんはサムライインキュベートと協力して「全国47都道府県ベンチャーサミット」や「全国Startup Day」を実施されていましたが、それとは異なるものなのでしょうか?
【佐藤】明確に「ベンチャーの育成」にフォーカスし、自治体とともに深くコミットする取り組みとしては、これが初めてになります。東京都としても「ASACから世界に誇るリーディングカンパニーを」という命題をはっきりと打ち出していますし、ここでは明快な結果が求められています。他府県からも注目されている事業ですので、良好な結果を出すことができれば、この先、全国に広がっていくことになると考えています。
ではASACで具体的に何が行われているのか教えてください
【浅間】1クール5ヵ月間で「圧倒的な成長」を実現してもらおうというプログラムです。内容としては、様々なセミナーやイベント。そして、DTVSやデロイト トーマツ グループのメンバーが主体となって構成しているアクセラレーターによるメンタリングや、各界で成功をおさめた企業の経営陣やキーパーソン、VCや先輩起業家、複数領域の専門家などなどによって構成された「メンター・サポーター」と呼ばれる存在からの多様な支援や交流。さらに、受講企業同士の交流など多岐に渡ります。
【佐藤】このアクセラレーションのポイントは2つあります。1つは有望なベンチャー企業に対して個別に手厚い支援を実施して成長を促進するというもの。2つめがベンチャー企業同士のコミュニティを創造し、活性化させる中で相互に成功を導いていくエコシステムにしていくことです。東京都に限らず、どこの自治体でも地元に拠点を構えるベンチャー企業の中から成功者を出していくことで、地域経済の活性化へとつなげていきたい、という願いを強く持っています。
ところがこれまでは支援事業を構想しても、なかなかうまくいきませんでした。行政が主導することで可能になる強みはあるものの、行政だけでは実現できないこともあります。ハコは用意できても、中で動く仕組みは民間と共同して提供していくしかない。その部分をDTVSが関与することでとりまとめている、という形です。
【浅間】DTVSだけでは実現できないし、東京都だけでも達成出来なかった仕組みが、今こうして形になり、成果も現れているんです。すでに1期、2期の受講企業が急激に業績を伸ばして成長しています。
「床のあるハブ」が生み出した様々な効果。
目指すのはさらに大きなエコシステムと、各地への広がり
ASACでの営みが成果につながっている背景には、どのような要素が働いているのでしょう?
【佐藤】変な言い方かもしれませんが「床を持つことはすごいな」と、私は今思っています。これまでにもDTVSはベンチャー相互のコミュニケーションの機会をイベントなどで提供してきました。しかし、それらは単発だったり、定期開催だとしても特定の場所が確保できていたわけではありませんでした。「DTVSはベンチャーのハブになるべきだ」というのが私の持論なのですが、これまでのハブは「バーチャル上のハブ」のようなものだったと思います。ところが今回は違う。「ASACという(物理的な)床を持ったハブ」なんです。
青山にあるその場所へ行けば、必ずベンチャーの支援が行われている。この事実があるだけで、ベンチャー同士や、ベンチャーとアクセラレーター、あるいはサポーターとのコミュニティ醸成が高密度で実現できています。床があることで継続性と日常性が生まれ、おかげでプログラムを多様に進化させる可能性も見えてきています。最近の多くのスタートアップ・ベンチャーがコワーキング・スペースを利用するのも、こうした効果があるからかもしれません。
【浅間】ASACに期待されている大きなポイントは3つだと考えています。1つは、安定的かつ継続的にベンチャーをインキュベートする場となること。もう1つは成長したベンチャーの情報発信を行い、アピールしていく場になること。3つめが多くのベンチャーが集まってくるコミュニティの中心地になること。佐藤が今話した通り、床のある場所を得たことで、これら3つのポイントが揃い、インキュベーションの効果アップにつながっているし、今後も成果を上げていくと考えています。
ただ、私としては目標を高く掲げています。例えば米国のボストンにはケンブリッジ・イノベーション・センター、通称CICという巨大なベンチャー育成施設があり、広大な敷地に1000以上の企業が同居し、多数のベンチャーが成功をしています。いずれは、このボストンにも負けないエコシステムを築きあげたいと思っていますから、改善し、進化させていくべき課題はまだまだあります。
【佐藤】そうですね。目標は高く。そして、東京都で一定の成果を得ながら、今度は全国の自治体で成功事例を作っていく取り組みも進めないといけません。
【浅間】はい。地域にはそれぞれ違った特性と強みがありますから、それらに呼応したエコシステムを構築するために、新たなチャレンジをしていく必要も感じています。東京だけを例にとっても、丸の内と渋谷では違いますし、山形県のようにバイオ領域に注力している地域もあります。また、都市部とそうではないところにも違いはありますからね。ASACでの成果をさらに上げつつ、地域的な広がりや、各地独自の取り組みへと発展していければ理想的です。
DTVSは「ベンチャーの伴走者」。
多様な経験の持ち主に活躍してもらいたい
今後の展開も考え、人員の強化・拡大を進めているそうですが、どのような資質やスキルの持ち主に期待しているのでしょうか?
【佐藤】私たちはベンチャーの皆さんと向き合っているだけでなく、政府や地方自治体のかたがたや、ベンチャーとのつながりを望んでいる大企業のかたがた等、立場の異なる存在とも信頼関係を築く必要があります。多様なつながりの中から、まだどこも手がけていない「ベンチャーが成功できるチャンス」を見つけ出し、形にして、結果を出すのが使命です。そういう姿勢に共感してくれて、「自分ならば貢献できる」と自負しているような人が望ましいです。
【浅間】例えば私と一緒に働いてくれるかたがいるのだとしたら、今ならばASACで実施している様々な事案をマネジメントしてほしいですし、新たな取り組みをデザインしてくれるかたでもあってほしい。エコシステム構築が最大の使命ではありますが、その中で行われる個別企業へのサポートも重要な使命ですから、そこでも貢献してほしい。コミュニティをマネジメントする力もほしい。
そして佐藤も言いましたが、行政サイド等とも向き合う必要がある。こうなると、非常に幅広いスキルが問われるように思うかもしれません。けれども、最初からすべてできる人などいない、ということはわかっています。私自身、当初はわからないことだらけで、周囲から教わりながらなんとかフィットしていきましたし。
【佐藤】結局のところ、DTVSは「ベンチャーの伴走者」なわけで、いろいろな役割を演じていく必要があります。でも、ポイント、ポイントでグループが持つ組織力や人脈やネットワークが活用できます。一番大切なのはDTVSへの共感とバランス感覚になります。キャリアの面でも、「前職は●●でした」という人しかフィットしないわけではなく、むしろ浅間のような多彩な経験の持ち主が、バランス感覚を持ち合わせているのかもしれません。「起業した後、コンサルタントをやっていました」や「ベンチャーで働いた経験も大企業で働いた経験もあります」というように。
【浅間】私もそう思います。あと1つ加えるとすれば、地域に対する愛着や情熱も持っていてくれると嬉しいです。ASACならば東京愛を持っている人がエネルギーを発してくれるでしょうし。各地で取り組みを開始すれば、その土地やそこにある文化へポジティブに接していく姿勢を持っていてほしいです。