はじめに
2014年に「まち・ひと・しごと創生本部」が設置され、政府が地方創生を国家戦略として掲げてからおよそ10年が経ちました。この間、人口減少、産業衰退、財政逼迫など、地方が抱える構造的課題はむしろ深刻化しており、自治体単独では対応が困難な局面が増えています。一方で、中央依存型の補助金政策では持続的な成長は難しく、「自立した地域経済圏をどう作るか」という根本的な問いが再び注目を集めています。
この10年において、外資・内資含めた大手コンサルティングファームが、地方創生分野に本格的に関与し始めました。従来は官庁・大企業を主戦場としていた彼らが、地域行政・自治体・地場企業に対して、戦略立案・デジタル化・官民連携のノウハウを持ち込み始めたことで、地方創生は"実装フェーズ"に入りつつあります。
しかし、現場では成功事例と失敗事例が混在しており、単に大手コンサルが参入したからといってすべてが好転したわけではありません。むしろ「都市型の思考をそのまま地方に持ち込む危うさ」や「プロジェクト終了後の自走困難」といった課題も浮かび上がっています。
本稿では、地方創生における大手コンサルティングファームの役割と限界を整理し、官民連携プロジェクトの現状を分析したうえで、「今コンサルが本当に地方に貢献できることは何か」を考察いたします。
本論
1. 地方創生の文脈における大手コンサルの位置づけ
大手コンサルティングファームは、中央省庁・自治体・民間企業の間をつなぐ"媒介者"として地方創生に関与しています。従来、自治体が外部人材に求めていたのは単発的な業務委託――観光プロモーション、産業振興計画、補助金申請支援などでした。これに対し、現在の大手コンサルは、より広範な「エコシステム設計」「官民データ連携」「事業化支援」を提供しています。
特徴的なのは、「官民連携の事業化」を意識している点です。かつての地方創生事業は、行政主導の補助金モデルが主流でしたが、近年は「官民連携(PPP)」「官民連携まちづくり(PFI)」「地域デジタル化(スマートシティ構想)」など、民間資金と技術を活用する仕組みへと転換しています。コンサルファームはこの橋渡し役を担い、公共政策の言語とビジネス戦略の言語を翻訳する存在になっているのです。
例えば、デロイト トーマツグループは「地域未来構想20」など政府系プロジェクトに深く関与し、地方自治体向けにスマートシティ戦略策定支援を多数実施しています。アクセンチュアは会津若松市で「スマートシティ・プラットフォーム」を構築し、行政データと民間サービスを統合するDX基盤を提供しました。PwCは九州や四国地方で複数の「地域交通再編」や「地域エネルギー構想」を支援し、再エネ事業のスキーム設計に実績を持ちます。
これらの事例に共通するのは、コンサルが"助言者"から"共創者"へと進化している点です。単に計画書を書くのではなく、事業スキームや収益モデルまで含めて実装を伴走することが求められています。
2. 官民連携プロジェクトの現状と構造的課題
官民連携プロジェクト(PPP/PFI)の裾野は確実に広がっています。国土交通省によれば、2024年時点でPPP/PFI案件数は累計で約1,000件を超え、うち3割以上に外部アドバイザーとして大手コンサルが関与しています。しかし実態を見ると、プロジェクトの成果にはばらつきが大きく、成功事例と失敗事例が鮮明に分かれています。
成功事例:群馬県前橋市「スマートシティ構想」
群馬県前橋市の取り組みは、デロイト トーマツ グループが支援した地方創生×デジタル化の成功例として知られています。市は2018年に「デジタルを活用した持続可能な都市経営」を掲げ、デロイトを事務局・設計パートナーとして迎えました。
同社は、市民ID「まえばしID」構想の策定、データ連携基盤(都市OS)の設計、そしてスマートシティ・ファイナンス(民間資金導入スキーム)の構築を支援しました。特筆すべきは、「行政・民間・金融機関」を一体化したデータ活用モデルを設計した点です。これにより、福祉、交通、防災、健康など複数領域の情報を横断的に活用できる体制が整いました。
このプロジェクトの成果は、行政効率の改善だけでなく、地元企業・大学・金融機関が参加する都市経営コンソーシアムの形成にも及びました。自治体職員のデジタル人材育成にも波及効果があり、「データに基づく政策形成」が徐々に定着しつつあります。
成功要因としては、
① 外部知見を受け入れる行政体制の柔軟さ
② 民間資金と公共目的を両立させた設計力
③ 地元関係者を巻き込むコミュニケーション設計――の3点が挙げられます。つまり、テクノロジーではなく"協働の仕組み"が成果を支えたといえます。
失敗事例:ある地方都市のスマートシティ構想
一方で、同じ「スマートシティ」でも、失敗に終わった事例も存在します。
ある地方都市では、海外の都市モデルを参考にしてコンサルが構想を描きましたが、地元企業や住民との連携が進まず、実証段階で中止となりました。
計画段階ではデータ連携や自動化を前面に打ち出していましたが、運営主体の責任分担や維持費負担の整理が不十分でした。住民にとって「何が便利になるのか」が明確でなかったため、利用が進まず、数年で事業化が断念されました。
原因は、地域の社会構造や文化的特性への理解不足にあります。技術は導入されても、使う側の合意形成と習慣づくりが欠けていたのです。つまり、"技術主導の上滑り"が失敗を招いた典型例といえます。
この事例は、前橋市のように「地元に根ざす運営体制」を築いたケースと対照的です。成功と失敗の分岐点は、技術の優劣ではなく、人と制度の整合性にあることが明らかになりました。
この2つの事例は、地方創生におけるコンサルの関わり方の「明暗」を如実に示しています。
前橋市が「協働による自立モデル」で成功したのに対し、後者は「外部主導の移植モデル」で挫折しました。つまり、コンサルの価値は"計画をつくる力"ではなく、"現場に根づかせる力"にあることを浮き彫りにしています。
ここから導かれるのは、地方創生における次の命題です。
「成功する地方創生は、外部の知を内発的な仕組みに変換できる場合にのみ成立する」
この視点を踏まえ、次節では、コンサルが果たすべき役割をより具体的な機能面から整理します。
3. コンサルが地方創生に貢献できる具体領域
(1)地域経済の"見える化"とデータ駆動型意思決定の導入
地方自治体の意思決定は依然として定性的な判断に依存しがちです。コンサルが得意とする「データ分析」「KPI設計」「成果指標可視化」は、地方創生のPDCAサイクルを確立する上で不可欠です。特に、人口動態、産業連関、交通流動、購買データなどを統合した"地域ダッシュボード"の構築は、行政と民間の共同意思決定を支えます。
(2)官民ファイナンスの設計
地方創生は「金の問題」でつまずくことが多いと言われています。補助金に依存せず、自立的な資金循環を生むには、官民ファンド、地域金融機関、クラウドファンディングなどを組み合わせた新しい資金調達スキームが必要です。コンサルはPPP/PFI、リーススキーム、コンセッション、地域通貨などの金融構造設計に長けており、ファイナンス面からの参画は今後さらに重要になります。
(3)地方企業の事業承継・再編支援
地方では経営者の高齢化が進み、M&Aや事業承継が課題となっています。大手コンサルはM&Aアドバイザリー機能を活かし、地方中小企業の統合・事業再生を支援しています。単に買い手を探すのではなく、地域経済の再編を設計する立場に立てる点が強みです。
(4)デジタル人材の育成と官民リスキリング
地方創生の最大のボトルネックは「人」です。コンサルは自社の研修プログラムやナレッジを活用して、行政職員・地場企業向けのリスキリングプログラムを提供できます。実際、アクセンチュアやPwCは自治体職員のDXリテラシー育成講座を展開しています。
(5) 地域ビジョン策定における"第三者性"
地方の合意形成は利害関係が錯綜します。大手コンサルは外部中立者として、官・民・住民の三者を調整する"調整弁"として機能できます。特に国が推進する「スーパーシティ型特区」などでは、規制緩和・新産業創出に向けた中立的調整役が不可欠です。
4. 成功に必要な「地域実装力」と「関係資本」
大手コンサルが地方創生に関わるうえで、最大の壁は「地元との信頼関係」です。コンサルが持ち込むロジックは洗練されているように見えますが、地域は必ずしも合理性だけでは動きません。歴史、文化、土地勘、人間関係――これらを理解しないまま「大都会的な正論」を押しつけても成果は出ません。
成功しているプロジェクトは、必ず"地元の旗振り役"と"外部知見の融合"がうまくいっています。例えば、宮崎県日南市の油津商店街再生では、外部コンサルと地元NPO、行政、民間企業が協働し、現場主導のまちづくりを進めました。そこではコンサルは「裏方」としてデータ整理や投資評価モデルを提供し、主役は地元に残しました。このスタンスの違いが、プロジェクトの持続性を左右します。
すなわち、大手コンサルの成功条件は「正しい答えを出す」ことではなく、「地域に根づく問いを育てる」ことにあります。
5. 現在進行形のトレンド
地方創生分野では次の3つの潮流が進行しています。
(1) GX×地方創生:地域エネルギー(再エネ・水素・バイオマス)を活用した脱炭素化事業。コンサルは事業スキームと収益モデル設計を主導。
(2) DX×公共サービス改革:自治体業務のデジタル化、RPA導入、行政クラウドの共同利用。特にBPR(業務プロセス再設計)を伴う案件でコンサルの存在感が高まっている。
(3) 観光×データ活用:訪日客・地域交通データを活かした観光DX。KPMGやPwCは観光庁案件で分析基盤設計を支援。
これらは単なる支援案件ではなく、「地域産業を再設計するプロジェクト」です。つまり地方創生の舞台は、もはや"政策"ではなく"産業設計"の領域に入っているといえます。
終わりに
地方創生における大手コンサルティングファームの役割は、この10年で大きく変化しました。かつては「外部専門家」として計画書を作る立場でしたが、今や「共創パートナー」として地域経済の現場に入るようになっています。彼らの参入によって、地方行政にデータ分析、ファイナンス設計、官民連携という発想が根づいたことは間違いありません。
一方で、現場には"東京的発想の押しつけ"や"プロジェクト終了後の空洞化"といった副作用も残りました。地方創生の本質は、「中央からの改革」ではなく「地域による自立」です。大手コンサルが本当に貢献するためには、「専門知」を与えるだけでなく、「現場が動ける仕組み」を共に設計しなければなりません。
つまるところ、地方が人口を維持・拡大するためには、住人が生活の糧を得るための事業基盤があり続けなければなりません。地方創生において最も重要なのは、継続性なのです。大手コンサルが関与して一時的に上向いたとしても、それが続かなければ元の木阿弥となってしまいます。コンサルの使命は、地域の課題を解決し、保有する産業・文化・歴史・観光資源といった資産を"事業言語"に翻訳して持続的価値へ変換することです。
成功とは「外部が地域を変えること」ではなく、「地域が自ら変わる力を取り戻すこと」であり、コンサルはそのための触媒(カタリスト)であるべきだと考えます。




